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よく停滞、時に更新、きままな読書系ブログです

午後の蜜箱/稲葉真弓

稲葉真弓『午後の蜜箱』講談社

小説しかできないことって何か? ずばり、文体や構成では
ないだろうか。もちろん、ストーリーで魅せることも可能だけれど、
映画や演劇、TV等でもストーリーで魅せることは可能だ。
巧みな日本語、染み入る文体、うなるような構成、それらを用いて
魅せるのが小説の醍醐味と思っている。

稲葉真弓さんは現代作家の中で、最も優れたきれいな文体を書く
作家だ。こんな文体書けそうで書けない。単純だけど、情緒がある、
ゆえに暖かい。『午後の蜜箱』は3つの短編からなる小説。
どの作品にも共通したテーマがあり、それは「女性のゆたかな孤独」というもの。はっきり
言って楽しい小説じゃないです。ですが、読み終えると充実感のある小説です。

中でも逸品なのが「ヒソリを撃つ」という作品。離婚したあと、一人で淡々と生活している
主人公が偶然高校の時の同級生と再会し、その後二人で一緒に行動するようになるが、
ある時彼女の方に……とストーリーが続くけれど、重要なのはストーリーじゃない。
「ヒソリ」という感情がとても深くて、思わずうなってしまった。

 無理して人とつきあうより"ヒソリ"がいい。過剰に期待するよりも、人との距離があった方がいい。我慢するよりお気楽な人生がいい。さめているわけではない。人と長くいると違和感が増幅される。沈黙の瞬間がくるとパニックに襲われる。そうかと思うと、沈黙を埋めるために無意味なことを喋っている自分にはもっと嫌悪をおぼえる。沈黙を満たす豊かなもの、沈黙が苦痛ではなくなる柔らかな時間をいつもほしいと思っていたのに、ついにそれを会得することができなかった。

「ヒソリ」という感情は「ひっそり」と「ひとり」を混ぜた感情なんだけれども、うまく創り合わせる
稲葉さんの感性がすばらしい。不思議と痛々しさは感じられない。的確にこうした深い感情を
書けるからこそ、作家なんだろうなと思う。おそるべし。
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