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よく停滞、時に更新、きままな読書系ブログです

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愛についてのデッサン/野呂邦暢

「万年筆のキャップをはずし、原稿用紙に
たった一行でも文を書けばそれが詩になる」
佐藤正午は解説でそう語る。

野呂邦暢の作品を読んだのはこれが初めてだ。
わたしが生まれる前に、こんな情深く穏やかな文体を
持った作家がいたことに感慨深くなる。


これから、という時に野呂邦暢は心筋梗塞で亡くなった。42歳だった。早すぎる死だ。
丸山健二がエッセイ上で彼の死を惜しんでいた。
山口瞳も連載エッセイで彼の死について書いていた。
二人とも滅多なことでは人を誉めないし、認めない。

『愛についてのデッサン』は古本をめぐる青春小説だ。
六つの短編連作小説の形を取っている。
その中では表題作が素晴らしい、の一言に尽きる。

主人公佐古啓介の過去の恋愛、行きつけの喫茶店の女性の失恋、
そこのマスターとの静かな会話、そして死。
これら複数の話が、丁寧な筆致で綴られる文章で関連づく。
この作品は構造的にかなり巧みに、計算高く作られている。

一読して心にあたたかいものが残った。すぐさま再読して構成の巧みさに唸った。
今年読んだ本のなかで、一番ぐっときた。高かったけど思い切って購入してよかった。
いま、『草のつるぎ・一滴の夏』を読んでいる。

野呂邦暢という作家を今まで読み落としていたのはもったいなかった。
もっと読んでみたい。しかし、彼の作品はほぼ絶版となっている。
野呂邦暢が、佐古啓介が、どうやら古本屋で待っているようだ。
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語録・名文14

◎私は大統領にだってなりたいとは思わない……しかし、妻の言葉にはまいった。別の角度からみれば、私は交通警察官にはなれないほど歳をくったし、大統領にはなれない若造だ――つまりは三十代初めという中途半端な歳ごろ、というわけだ。
 この歳ごろはかなりつらいことが起きかねない。だからこそ、三十代初めの人々に、とっぴなことをしでかす人が多いのかもしれない。
(カルヴィン・トリリン、エッセイスト、詩人)

◎三十代では、後半になっても、私はまだ若い、という気持ちにしがみつく。それが四十ときたら、災厄のように思われた。もちろん、ほかの道を考えて、切り抜けたがね。しかし、その年齢を通過すると、音の障壁を突破したときに似ている。こちら側もそう悪くない、と気付く。そうして、ゆっくりと順応する。そいつは、成熟していく過程の一部なのだよ。
(ノーマン・コーウィン、作家、映画監督)

◎(五十を越えたら)偏屈になり、些細なことにもすぐ苛ついてしまう。放送局に腹が立つ。だって、嫌いな歌ばかり流すじゃないか。こっちは、ビートルズが解散してからできた歌はぜーんぶ嫌いだし、かといってビートルズにもあきあきしている「懐メロ」番組で九億回も流されたんだから。
 自分以外の車は、みんなスピードを出しすぎると感じる。三十以下の連中を「青二才」だと思うようになる。まだ生まれていなかったくせに、大恐慌時代には世の中が厳しかったんだ、と青二才に説教したくなる。
 とはいっても、五十を越えたら、いいことだってある。なにしろ私たち戦後生まれの世代は、このうえなく情けないうぬぼれの基準を作り上げたんだから。
(デイヴ・バリー、ジャーナリスト)

◎みなさん。八十歳まで届くように努めなさい。人生で最高の時期ですぞ。人々はあなたがどんなことをしでかしても、許します。私に言わせれば、人生は八十歳から始まるのです。
(フランク・ローバック、学者、識字率を上げるために103の国をまわった)

◎百歳まで生きる方法を記者たちから質問されて、グランマ・モーゼスはすらすらと答えた。「たくさん笑いなさい。もし一人でいるのなら、ジョークを考えなさい。いい気分でいること。忙しくしていること。これが秘訣よ」
(グランマ・モーゼス、ニューヨークの農婦、老齢になり田舎の風景を描きはじめる。これが評判となりニューヨーク近代美術館で個展を開催。百歳時のパーティーでのインタビューより)

所出、『バースディ・ラブレター』より

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持ってる本がプレミア価格になっている

ちょっと前に書いた「B級本のススメ」というエントリーで紹介した
SMAPへ』という本。(既に絶版?)
これが「きっこの日記」に取り上げられて、価格が高騰しちゃった。
9月25日現在、amazon上で最安値、9799円で売られている。
ランキングも一時期TOP10に入ってた記憶がある。

買ったのは去年の7月ぐらいだったけど、普通に本屋で買えたんだけどねぇ。
告発本とはいえ、それほどセンセーショナルな内容じゃないと思うし、
位置づけはB級本にしたがしっくりくる。

だってさ、例えば
「スターウォーズのオーディションがあるからyouたち裸で四つん這いになりなさい!」
みたいな、思わず「ん?…………(笑)」ってなる文章が所々に入ってる本をさ、
とてもじゃないけどまじめに読めないよ。

一万円はたいて買ってしまう人はいるのだろうか、、、
買ったら最期。焚書坑儒したくなるんじゃないでしょうか。
いや、本当に。

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語録・名文13

◎石原慎太郎が、人気作家として売り出したまっ最中に、私に云ったことがある。
「僕は、これからの作家は、行動することによって、作品を書かねばならないと思います。某ホテルの受付の娘を、僕は、ヨットに乗せて沖へ出て、セックスをやり乍ら、彼女に思いきり官能の叫びを、海原へひびかせてみたのです」
 私は、阿呆らしくて、返辞をしなかった。(中略)
 代議士となった石原慎太郎の面相が、もはや文学者のものではなく、暴力的ないやしさをむき出しているのは、本性の正体を示している。こういう"行動"派に、権力を与えると、たちまち、「今太閤*」とは別の意味で、自己顕示欲の権化となるのではあるまいか。
注:今太閤*……田中角栄
(柴田錬三郎、作家、『柴練ひとりごと』より。今からちょうど30年前の発言。こういう慧眼を持ってこそ作家は作家だと思う。今、どれだけ人物を見抜ける作家がいるだろうか。)

◎我々はみんな認めていることだが、過去は終わっているのだ。(ブッシュ現大統領)
◎過去は死んでいない。過ぎ去ってさえいないのだ。(ウィリアム・フォークナー)
(所出は06年5月3日付け朝日新聞より。「去る者日々に疎し」とはよく言ったもの。今となってはフォークナーを知っている若い人は少ないんだろうなぁ。かくいうわたしも「意識の流れ」小説は苦手だからそれほど読んでもいないのですが)

◎Patriotism is the last refuge of a scoundrel.
(サミュエル・ジョンソン、文学者。訳すなら「愛国主義はならず者の最後の逃げ場である」。時代を問わず、世界各国、こういう風になるみたいです。)

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現在読書進行中

積ん読されてから5ヶ月近く放置されているものにやっと手を出せた。
手に取ったのは重光葵『昭和の動乱 上』中公文庫BIBULO。

まだ半分しか読んでいないけれど、
これが実に面白い。
1920年前後から始まり、
二・二六事件が終わったところまで読んだ。

軍部がどんどん枝分かれしていく様子が書かれている。
まず軍部が政治家を政治から追い出すのが1920年後半。
そこから、どんどん枝分かれしていく。

軍部は陸軍と海軍に分かれ、
軍部中央派*と関東軍にも分かれる。
関東軍は北進派と南進派に分かれる。

*……東京を中心とした軍部。日本政府の意見もくみ取る。

また、軍部は皇道派と統制派に分かれ、
皇道派は先輩、後輩で対立していく。
そして、皇道派の中の後輩、
つまり青年将校が起こしたクーデターが二・二六事件となる。

受験は日本史でした。
教科書だと数ページで終わる箇所を、2~30倍のページをかけて読みこなしていくと、
使ってないとこの頭がぐるぐる開拓されて、興奮して、知恵熱にあふれた。
懐かしい人物・用語が出来事に応じて、カチッカチッと当てはまっていく。
出てくるものごとが無機質じゃない。当時生きていた人間が未曾有の出来事を
どう対処していくのか、動的な文に満ちていて面白い。時間を忘れて読み耽ってしまった。

久々に知的興奮を得られた日だった。
今日はうまく寝られるかな?

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